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国際人権ひろば No.91(2010年05月発行号)

特集:問われる日本の人種差別 Part 2

国連人種差別撤廃委員会の日本審査に対するNGOの取り組み ―高校無償化からの朝鮮学校外し問題への国際的評価―

師岡 康子(もろおか やすこ)
ロンドン大学ロースクール客員研究員

  2010年2月24日、25日に、ジュネーブで開かれた国連人種差別撤廃委員会の日本審査に、今回のNGO側の取り組みを取りまとめた「人種差別撤廃NGOワーク」の下で「外国人学校ネットワーク」及び「外国人人権法連絡会」として参加した。

人種差別撤廃条約と日本政府

 人種差別撤廃条約1は、他民族虐殺及び植民地支配への反省と批判を共通認識として、主要国際人権諸条約の最初の条約として、1965年に国連総会で採択された。2010年4月時点で173カ国、世界の9割以上の国が加盟する条約である。条約は実施監視機関として18人の委員からなる人種差別撤廃委員会を設置し、締約国は2年に一度、同委員会に報告書を提出する義務がある。委員会の会期は年2回、毎日各国の報告書が午後と翌日午前の会議を使って審査される。会期終了時に、委員会の政府報告書に対する「総括所見」が発表される。NGOは、直接会議の議論には参加できないが、政府の報告書作成段階で政府と協議したり、事前に報告書を委員会に提出し、審査される会期中に、NGO主催の委員向け説明会を開く等情報提供することができる。
 日本は、採択後30年もたった1995年、世界で146番目の締約国となった。政府は人種差別の煽動等を禁止した第4条a・b項を留保したが、加盟国のうち同条につき留保や解釈宣言したのは20カ国のみである。また、締約に際し一切の国内法・政策の整備をしなかったが、通常は人種差別禁止法の制定(イギリス等)もしくは刑法改正(スイス等)の取り組みを行う2。しかも政府は最初の報告書を3年遅れで2000年にやっと提出し、かつ、2003年1月までに次の報告書を提出するよう勧告されていながら、期限から6年以上遅れ、9年ぶりで2009年に2度目の報告書を提出した。多くの国は4、5年に一度は提出しており、ここでも日本はいわゆる「先進国」の中で最低である。

今回の日本審査に対するNGOの取り組み

 今回の日本審査に対するNGOの取り組みは、2005年7月の国連「現代的形態の人種主義・人種差別・外国人嫌悪及び関連する不寛容に関する特別報告者」ドゥドゥ・ディエン氏訪日調査への共同の取り組みを契機として結成された「人種差別撤廃NGOネットワーク」が中心となった。同ネットワークは外務省主催の政府報告書作成に関する3回の会議に出席したが、3回目の会議は一般公募の参加者による差別発言を原因として途中で終了し、以後、NGOとの議論の場はまったく開かれなかった。結局政府は実質的にマイノリティ当事者、NGOとの協議なしで報告書を作成、提出した。内容は、委員会の勧告や質問にほとんど正面から答えず、9年前の報告を何か所もそのまま引用した、差別の現状と政府の無策を隠ぺいしようとするものだった。そこで委員会に事実を知らせるため、今回のNGO側の委員会への報告は必要不可欠なものとなった
 実際の審査には、前述のNGOネットワークとして9人(反差別国際運動(IMADR)、北海道アイヌ協会、琉球弧の先住民族会、部落解放同盟、移住労働者と連帯する全国ネットワーク等)と日弁連から3人の合計12人が参加した。共同の取り組みとして24日審査開始当日の昼休みの1時間の委員向けの説明会を行い、それ以外は個別にまた協力して委員たちに働きかけを行った。
 筆者は21日夜にロンドンからジュネーブ入りしたが、その日に高校無償化から拉致問題を理由に朝鮮学校外しを主張した閣僚の発言の報道と、同時に参加予定だった在日朝鮮人の友人たちがビザ発行遅れのため参加が不可能となったとの連絡を受けた。そのため、国会での審議直前の、政府による新たな制度的差別導入の危険性の問題として、この問題を審査と勧告で取り上げてくれるよう働き掛けることが急遽第一の仕事となった。
 翌22日から委員会会場に通ったが、委員たちは毎日朝10時から夕方6時まで、大量の資料を読んで、連日違う国の政府報告書を審査しており、働きかけることのできる時間帯は会議の前後と昼休みに限定された。並行して、NGO説明会配布用の外国籍及び民族的マイノリティ関係の最終資料作成、チェックを行った。高校無償化問題については、日本にいる外国人学校ネットワーク・在日朝鮮人人権協会のメンバー、記者等と昼夜問わずメール等で連絡をとりながら、最新情報を送ってもらった。特に役立ったのは審査当日の朝日新聞朝刊で、朝鮮学校外しを批判する社説が出たとの情報だった。急遽英訳して資料を作り、会議のある建物内のカフェにいた委員や、会議室から出てきた委員を廊下でつかまえて資料を渡して説明した。個別に話ができた委員たちの反応はよく、国会でどこまで審議が進んでいるのか、朝鮮学校の高校段階の学校数、生徒数は?などと関心を示してくれた。NGO説明会では「外国人学校ネットワーク」に割り当てられた2分間をこの問題にしぼって説明した。
 結果として、審査では、国別報告者のソーンベリー委員(英)、アフトノモフ委員(ロシア)、カリツァイ委員(グァテマラ)がこの問題をとりあげてくれた。特に後の2人は朝日新聞の社説記事の件を指摘して、具体的に取り上げてくれた。「総括所見」では、パラグラフ22で、「委員会は、子どもの教育に差別的な効果をもたらす以下のような行為に懸念を表明する」ことの一つとして、「(e)締約国において現在提案されている、公立・私立の高校、高等専門学校、高校に匹敵する教育課程を持つさまざまな教育機関を対象にした高校教育無償化の法制度改正につき、そこから朝鮮学校を排除すべきとの提案をしている政治家の提案(第2条、5条)」と極めて具体的に指摘された。第5条eのvは教育に関する権利の平等保障義務を定めており、朝鮮学校排除が5条違反の差別であり、違法であると警告したものである。また、パラグラフ34で、委員会は、30項目以上に及ぶ勧告のうち特に重要な3つのパラグラフの一つとして、この問題を含む学習権における差別に関するパラグラフ22を指定し、締約国が注意を払い、勧告を実施するためにとった具体的措置に関して、次回報告書(期限2013年1月、パラグラフ35)に詳細な情報を提供するよう要請した。
 委員会によるこの問題への即座の積極的な対応の理由としては、前回の勧告でも、朝鮮 学校差別政策是正勧告がなされていたこと、今回の会議で委員たちがしばしば言及していた「ディエン報告」でも、朝鮮学校への差別政策が批判されていたことなど、委員たちにとって、国際人権基準からみて、政府の朝鮮学校政策が差別であることが常識化していたことが挙げられよう。ディエン報告の内容は、前述のようにNGOネットワークの働きかけの成果でもあり、これまでのNGOの活動の積み重ねの上に、今回の結果があることを実感した。
 実際は、まだ制度導入前の段階で、委員会がどれだけこの問題をとりあげてくれるのか一抹の不安はあったが、他方で、委員会は、人種差別を未然に防ぐことも条約の目的であることを「一般的意見」等で強調してきたこと、また、1993年には特に差別を未然に防ぐことを目的として、「早期警告手段と緊急手続き」制度を採択していること等から、差別の可能性の問題についても取りあげてくれるだろうと期待していた。結果として極めて具体的に指摘し、かつ、特に重要性を指摘し次回その結果についての詳細な報告を勧告したことは、委員会として、新たな差別導入を阻止しようという明確な意思の表れといえる。

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 人種差別撤廃委員会による日本審査のもよう(筆者提供)

今回の「総括所見」の意義と日本政府

 今回の総括所見は、前回に比べて包括的、具体的かつ内容が正確であり、NGO側の組織された情報提供の的確さ10及び今回の日本国別報告者のソーンベリー委員の熱心な調査研究によるものである。
 委員会の勧告には直接的な法的拘束力はないが、第一に、それは人種差別に関する、日本も含めた締約国の選挙で選ばれた、40年以上もの実績を持つ、世界有数の専門家集団による、かつ、政府との議論の手続きを経た上での、国連に正式に報告される公的な評価であり、国際社会からの日本政府に対する最も権威ある評価と言える。これを無視することは、国際社会の評価、ひいては国連を無視することに他ならない。
 第二に、同委員会は条約に基づいて設置された機関であり、同条約は委員会に条約の解釈を表明する権限を与えている。委員会の解釈がそのまま最終的な公権解釈となるとの規定はないが、条約解釈につき最も尊重されるべきものである11。条約は加入により日本の国内法となっており、その効力は一般の国内法の上位であることは通説である(憲法第98条2項)。例えば日本の裁判で、ある行為や法令が同条約違反か否か争われる場合、委員会の解釈は同条約の解釈の基準として最も尊重されるべきものであり、その結論としてでる判決には当然に法的拘束力がある。
 今回の政府報告書審査は民主党政府となってはじめての国連人権監視機関による審査であり、それに対する態度は、民主党の掲げる「国連中心主義」が本物なのかの試金石となるだろう。審査において何人もの委員が、日本の経済発展と比較しつつ、前回勧告から10年近くたってもほぼ全く変わらない、マイノリティへの人権侵害状況を批判し、また、植民地主義が克服されていないことを指摘した。国連人権諸条約の監視機関から、幾度も批判されながら、国際的批判を無視し、植民地主義への無反省の上に、戦後も朝鮮人をはじめとするマイノリティを差別しつづけ、金儲けにまい進してきた姿は依然「エコノミック・アニマル」である。今回の審査に関係した官僚が「勧告には法的拘束力がなく、委員会は言いたいことを言っているだけ」とうそぶいていると漏れ聞くが、このような自民党政権時代と変わらぬ姿勢の官僚に担当させる民主党自体も同じ見解なのか、問いただしたい。
 委員会はパラグラフ10で政府のNGOからの「情報収集や情報交換の機会が限られていたことを遺憾」とし「NGOの人権分野における建設的な貢献と役割に留意し、締約国が次回定期報告書の作成における協議過程にNGOの効果的な参加を保障するよう」奨励した。勧告された期限の2013年1月まで2年半ほどしか猶予はなく、民主党政府の掲げる「NGOとの連携」が真実なら、今回勧告及び次回報告書についてすぐにNGOと実質的な協議を開始すべきである。
 最後に、民主党政府は、高校無償化について委員会から上記の警告を受けたにも関わらず、4月からの高校無償化実施に際し、朝鮮学校のみを除外した。第三者機関による審査により、対象となる可能性はまだあるものの、いわゆる「中井発言」からこの結論に至る経緯をみれば、朝鮮学校のみを排除するための基準を設定して外したことは明らかである。筆者は2003年の大学入学資格問題の際に「外国人学校・民族学校の問題を考える弁護士有志の会」の一員として取り組んだが、このときに自民党政府は朝鮮学校だけを学校単位での入学資格認可から除外するため、外国の正規の高等学校の課程と同等と位置付けられていると公的に確認できる否かとの基準をひねり出した。今回、民主党政府はこの基準を流用したが、この基準設定自体、間接差別12であり、人種差別撤廃条約5条違反であろう。
 朝鮮学校は日本の植民地支配下で民族の言葉・文化を奪われた朝鮮人が、戦後直後に自力で差別と極貧の生活の中で築き上げ、守ってきたものであり、それに対する排除と差別は、民主党が口にしてきた「植民地支配と侵略」への反省と真っ向から矛盾する。最終的に、政府が、どのような名目をつけようとも朝鮮学校のみを対象から外すなら、委員会が指摘した「子どもの教育に差別的な効果をもたらす行為」であることに変わりはなく、委員会の警告を無視する、国際人権法違反の違法な行為である。民主党政府は、植民地主義に基づき朝鮮学校を戦後一貫して差別してきた自民党政府と何ら変わらぬ人種差別主義政権として、国際的批判を受け、世界から失望されるだろう。

 


 

1.条文等につき、村上正直監修『国連活用実践マニュアル-市民が使う人種差別撤廃条約』(反差別国際運動日本委員会編集・発行、2000年)参照。
2.岡本雅享編著『日本の民族差別』(明石書店、2005年)参照。
3.詳細は反差別国際運動のウェブサイト参照。
  http://www.imadr.org/japan/multi/erd/
4.経緯については上記ウェブサイト参照。
5.政府関係資料は外務省ウェブサイトの「人権外交」の頁参照。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinken.html
6.ネットワークは委員会に対し2009年8月に共同レポートを送付、2010年2月に委員会による質問リストにたいするNGO側回答を提出した。注4記載のウェブサイト参照。
7.会議での具体的なやりとりについては、ネットワークの一員として参加した前田朗氏のブログ参照。http://maeda-akira.blogspot.com/
8.パラグラフ16。前回の審査・勧告については、反差別国際運動日本委員会編集・発行『国連から見た日本の人種差別~人種差別撤廃委員会第1・2回日本政府報告書審査の全記録とNGOの取り組み』(2001年)参照。
9.2006年1月の国連への報告書。日本語訳は注3記載のウェブサイト参照。
10.今回の成果は、反差別国際運動を中心とするNGOの国内外での協力の結実であり、多くの委員たちから、日本のNGOの組織された質の高い取り組みと評価された。外国人・民族的マイノリティ関係につき、現地での取り組みは移住連及び韓国KIN(地球村同胞ネットワーク)からの参加者との全面的な協力によるものである。
11.条約解釈の方法については、村上正直『人種差別撤廃条約と日本』(日本評論社、2005年)参照。
12.一見すると中立的な要件を用いる措置で、特定のグループにのみ不利益な結果をもたらすもので、その目的と手段が正当化される合理的理由がないもの。改正男女雇用機会均等法等参照。